台北旅行(3)

旅行三日目。朝七時四十分にXホテルを出て、バス三台で九份(チウフェン)へ。九份は、『非情城市』『恋恋風塵』のロケ地、『千と千尋の神隠し』の湯屋のモデルとなった建物がある、ということでよく知られている*1
バスに揺られて約一時間、ようやく九份にたどり着く。このあいだの旅行では、写真を撮るのに失敗したので、やたらと撮りまくる。団子を食ったり梅ジュースを飲んだりしながら石段を降りたり昇ったり。午前十一時半に待ち合わせ場所へ。そのまま台北市内に行く。途中でバスを降ろしてもらい、タクシーで父と光華商場附近へ。光華商場は、今年の初めに取り壊され、またどこかに新しく建て直される予定であるらしく、現在は附近にプレハブ四棟が仮設され、そこに店が入っている。また道が分らなくなったので、傍のビルにもたれかかって煙草をのんでいるトニー・レオン似の端正なマスクをした青年に訊ねてみると、「そこを真直ぐだよ。小さな塔も建ててあって、それが目印。四棟あるよ」とニコニコしながら丁寧に答えてくれたので、上機嫌で向かう。
光華商場は、「電脳」関係の店が多く、「台湾の秋葉原」と呼ばれる昨今であるが、もともとは古本屋街だったのだ。現在はそのほとんどが店をたたんでしまい、仮設された光華商場では、店舗の数がまたぐんと減った。本当は、牯嶺街(クーリンチェ)という光華商場以前に栄えた古本屋街にも行く積りだったのだが、寄る時間がなく、断念したのだった。さて、最初に行った「古文書店」は線装本の多いところで、台湾統治時代の日本の本もいくつか見かけた。だが、「疲れが見える本」―これは向井透史さんの文章中に出て来た言葉で、「くたびれた本」よりも当を得ている感じがするので、気に入って勝手に使っている―が多くて、とても売れそうではない。その可哀相な本のなかから、臺北帝國大學文政學部『言語と文學 第壹輯―「四段活用動詞の構成について」安藤正次』(昭和十三年)500元(これは表示価格、二割引で400元)を拾う。安藤正次は、元東洋大学長であり、元国語審議会会長としても知られるが、臺北帝國大學の学長も務めていた人物である。
「雄偉書店」、こちらは雑書が多く、日本の文庫本もあった。店番のおばさんは韓国ドラマを見ていた。ここで、陳惠珍ほか『幼兒的識字教育』(國家出版社現代生活叢書)90元を購う。また、「茉莉二手書店」(光華店)では、史迪芬・平克 洪蘭譯『語言本能―探索人類語言進化的奧祕』(商周出版-科學新視野)315元を購う。1998年の本。著者の「史迪芬・平克」とは、「スティーヴン・ピンカー」(Steven Pinker)のこと。つまり音訳。原題は“The Language Instinct―How the Mind Creates Language”で、椋田直子さんによる日本語訳本『言語を生みだす本能』が、NHKブックスで既に出ている(1995年)。原書はもちろん、日本語訳すら読んだことがなくて、中国語訳で挑戦してみるが、半分も理解できない。が、一往買っておくことに(ところで「茉莉二手書店」は、師大や台大附近にもあって、こちらにも―というかこちらが本店ぽい―行きたかったのだが、やはり時間の都合上断念)。その後、父とタクシーで鼎泰豐前へ。母と妹はまだ来ていなかったので、傍の金石堂書店に入って時間をつぶす。漫画コーナーを眺めると、なるほど日本の漫画ばかりだ。ドラえもんクレヨンしんちゃん名探偵コナンキャプテン翼機動戦士ガンダムPLUTO……。
十五分後、家族が揃ったので、鼎泰豐の名物だとかいう小籠包を食う。たしかに「世界的に有名」だ、という惹句は大袈裟でない。美味い。その後、春水堂でタピオカ入りの紅茶を飲んだり永康街あたりをぶらついたりしてから、タクシーで太平洋SOGO前へ。
下の広場で午後六時半に待ち合わせることにして、私はひとりで、SOGO最上階(十二階)の誠品書店SOGO店に入る。李志銘『半世紀舊書回味1945.2005―從牯嶺街到光華商場』(群學出版有限公司)360元を買う。「舊書」は「古本」のこと(台湾では、「古本」「古書」のことを「舊書」、「二手書」などというのが一般的のようである。「二手書」は、「Secondhand Books」を直訳したものであろう)。「回味」(hui2wei4)は「回想」にほぼ同じ。その内容はというと、台湾の古本屋と古本屋街の沿革について面白いことが色々書いてある(植民地時代の話もちらほら出て来る)。だから書名や中身を見ると、著者はかなり年輩の方だと考えてしまいがちであるが、さにあらず。なんと李氏は、三十歳にも満たない若者なのである(前に序文が三つもついていて、大学教授や作家がこぞって絶賛している)。その点でも興味ふかいが、昔の牯嶺街や光華商場の写真が多数載っているし、書誌学用語の解説も附してあるしで、たいへん有用な本なのである。それに装釘も素晴らしい。
午後六時半ちょうど、待ち合わせ場所へと向かい、そのままFiFiというレストランに入る。この店の料理も全て美味い。美味い美味いばかりで藝がないが、本当にそう言うしかないのだから仕方がない。
夕食後、Xホテルにいったん戻って荷物を置いてから、妹とまた外に出て、ホテル近くの全家商店(ファミリーマート)に入る。高山烏龍茶(20元)など買う。少し街を歩いてから帰る。
テレビでは、坐りこみデモ(陳水扁に辞任を要求するデモ)の中継ばかりやっている(バラエティ番組「紅色風暴」もその中継をしていた)。十時ころになると、またべつのバラエティ番組が始まった。サルヂエ愛エプなどを意識したようなワンコーナーがある。奨学金獲得を目指してゲームに挑戦していた大学生におもわず共感、必死に応援してしまう(だが二十問目あたりで失敗した)。テロップがやたらと流れるので(方言話者にも理解させるためであろうか)、口語的な表現でないかぎり、だいたい理解できる。
本日の教訓。少しばかり中国語を習ってなまじ知っているからと、やたらと中国語を使わないほうがよいネイティヴ・スピーカーだと思われて、言いたいことを滔々とまくし立てられるのがオチである。今回の旅行では、冷や汗をかきながら、「請慢慢児説」(どうかゆっくり話して下さい)と何度言ったか知れない(それでも単語レヴェルでしか聴きとれない)。
午前一時ころ寝る。

*1:日本のテレビでは、日曜日に九份のことが放送されていたみたいだ。帰ってきてから、id:tougyouさんのブログを拝読して知った。