ルネ・クレール&サティの前衛映画

◆二十世紀初頭、セルゲイ・ディアギレフのバレエ・リュス(ロシアバレエ団)がパリの民衆を熱狂させたこと(特に1909年、またオペラ座で上演された翌10年)、そのバレエ・リュスに、マルセル・プルーストやココ・シャネル、ジャン・コクトーらが感化されたことは、例えば、海野弘『二十世紀』(文藝春秋,pp.67-70)にも詳しい。
その“サロン”に引き込まれた音楽家としては、イーゴリ・ストラヴィンスキー、クロード・アシル・ドビュッシーエリック・サティらが居る。
しかしその後十年もしないうちに、パリには、スウェーデンの新進バレエ団が擡頭して来て、やがてその人気はバレエ・リュスを凌駕するようになった。このバレエ団が、即興バレエ『本日休演』をパリで上演したのが1924年のこと。これは、フランシス・ピカビアが台本を担当した二幕のバレエである。観客のなかには、文字どおり本当に「休演」なのだと勘違いをして、そのまま帰ってしまった人もいるとかいないとか。
こちらで、若き日のルネ・クレール(このころはまだ無名)が演出した『本日休演』“RELACHE”(1924)を初めて観て、ようつべではこんな動画まで観られるのか、と感動したのであった。これは、『本日休演』の幕あいに上演された映画なのである。チェスに興じるマン・レイマルセル・デュシャン、棺桶に入っているジャン・ボルラン……等々、いわゆる「前衛藝術家」たちの錚々たる顔ぶれが揃っているのも楽しい。
バックで流れつづけるサティの音楽“シネマ”は、ダリウス・ミヨーの編曲になるテンポの速い四手ピアノ版(ピアノ独奏版はサティ自身の編曲による)で聴いたことがあるのだが(DENONレーベル)、映画用の二管編成アンサンブル、つまり原曲は初めて聴いた(ERATO国内盤では原曲を聴けたとおもうのだが……)。サティ自身も映画に登場し、ピカビアと仲良く大砲をぶっ放している(帽子を被っているのがサティ。サティはこの翌年に死去)。エンディングも、トリッキーな撮影が待っていて楽しませてくれる。本作品は、なんでもセネットのスラップスティック・コメディを模倣したものであるらしい。
サティは、「ひからびた胎児」(1913)の第二曲「甲殻類の胎児」で、ショパンのピアノ・ソナタ第二番(変ロ短調)の第三楽章(いわゆる「葬送行進曲」)を引用しているが、よく聴いてみると、この「シネマ」にも、わずかながら同曲同楽章からの引用(有名な第一主題。後年、YMOも何かの曲で引用していた)のあることがわかる。それはあたかも、ショスタコーヴィチが、最後の交響曲(第十五番)の第一楽章で、何故か唐突に「ウィリアム・テル」序曲を引用したかのような、まったくもって理解不能な引用なのである。