涙ぐましいドラマ

◆ツイン21の古本フェア、今回は初日(土曜日)に行って来た。中公文庫をたくさん買った。川瀬一馬『随筆 柚の木』200円、島尾敏雄吉田満『特攻体験と戦後』300円、池田彌三郎『まれびとの座 折口信夫と私』200円、大曲駒村『東京灰燼記 関東大震火災』300円、吉田健一『東京の昔』200円、といったところ。
「星空書房」がカバー付の河出新書をまとめて出していて、これは実用的なものが殆どであったが、その中から中村扇雀扇雀三面鏡』、小島信夫『微笑』を抜く。各250円。かなり安いのではあるまいか。
林武『国語の建設』(講談社)500円は、実父の林甕臣(みかおみ)について書かれた箇所があったので購入。そのほか、岸田定雄『大和のことば―民俗と方言―(上)(下)』(現創新書)二冊500円、坂本朝一『放送よもやま話』(文春文庫)150円など。
◆そういえば、中嶋宗是『書物随叢 本の醍醐味』(関西市民書房)の「あとがき」を読んでいたら、こんな文章に出くわした。

幕末の松浦武四郎に故例をとるまでもなく、たとえばここに『書源』という書の大著がある。
この『書源』が誕生するまでにはそのかげに涙ぐましいドラマが秘められている。何千枚に及ぶ尨大な資料と原稿は、その完成を目前にして全部戦禍によって消失した。その後十年、一家をあげての協力によって『書源』は漸く完成した。四国の鶴米(ママ)・藤原茂氏の大へんな労作である。
また、有名な『八丈島(ママ)実記』は、これを完成しなければ日本の損害だと、家屋敷、田地田畑を売りはたいて刊行した緑地社の小林秀雄氏の不撓の努力の賜ものである。それらの生涯と出版史をたどれば感動と涙のドラマである。
感動と涙といえば、いかにも安っぽく聞こえるが、酬いられることうすく、しかもその価値が高ければ高いほど、事業経過が苦しければ苦しいほど完成したときの喜びは大きく深い。(p.304)

こういう出版事業の「プロジェクトX」には、心ひかれるものがあるが、たとえば物集高見(もずめたかみ、1847-1928)による『廣文庫』『群書索引』編纂の話などもすさまじかった。
紀田順一郎『古書街を歩く』(新潮選書)には、両書復刊の経緯とともに、そのことが詳しく書かれてある。

編纂は一九一六年(大正五年)に至までの十七年間に及んだ。準備期間を含めると三十年になる。その辛苦については『群書索引』の緒言にくわしく記されているが、執筆のため指頭が裂け、視力を失い、十万巻の書物購入のため財産も尽きて田畑や本宅を売り払い、ついには病臥していた蒲団までも債権者に抑えられるような悲惨な状態となった。このことが新聞の知るところとなり、記事となったのが縁でパトロンが現われ、辛うじて両書を完成することができた。ときに博士は七十歳。(p.196)

ところで『書源』はいま、『大書源』(二玄社)として生まれかわり、売れ行き好調と聞く。
日本経済新聞』(2007.5.20付)の「フロントライン」には、「初刷りの五千部が二週間で完売。現在は四刷を重ねた。書道愛好家だけでなく、日本酒やしょうゆのパッケージなどに書き文字が使われるため、産業デザイナーの需要が目立つという」とある*1

*1:三箇月ほど前だったか、ある雑誌の写真に、夏目房之介氏の本棚が写っていたが、そこにも『大書源』三冊が並んでいた。