S書店での収穫

 昨日Uさんから、S書店(実名は出さないが、以下の記述で、お分りになる方もいらっしゃることだろう)に文学関係の本が(いつにもまして)廉価でたくさん出ていることを伺ったので、にわかに気になりはじめ、二か月ぶりくらいで行ってみることにした。目的地の途次にあるので、ちょうど良かったのだ。
 まずは地階から。
 階段横の棚(ここには比較的安い本が集められている)を上段から順に見ていて、おもわず目を疑った。
 最上段に、あの山本義隆『知性の叛乱―東大解体まで』(前衛社/神無書房)、が、あるではないか。
 値付を見て、さらに驚いた。「ひゃ、ひゃ、ひゃ、百円……」。
 数か所にシミはあるが、大して気にならない。ビニールカバーもないが、帯はちゃんとついている。
 全体としては、さほど悪い状態ではない。
 もちろん、直ちに小脇に抱えこんだ。
 昨日聞いた話では、Uさんの前のお客さん(中年男性)が、辞書のようなものを一万円くらい買い漁っていた、ということだったので、「お宝」はすでに掘りつくされているだろう、と半ば諦めていたのだが。
 地階では他に、今井福山校 中川渋庵著『禪語字彙』(三宝出版会)函1000円。状態すこぶる良。1956年に出た本の復刊。
 四階に移動して、田中貢太郎論語・大學・中庸』(大東出版社)函300円。これは知らなかった。「漢籍を語る叢書」の第二冊。田中貢太郎と「論語」、という取合せが意外だ。
 『論語』関係の本は、安ければ買うことにしている。たとえば、最近(といっても昨年末だが)入手した珍しい「論語本」といえば、久松潜一監修 山田勝美著『全釈 論語』(福音館書店)。玉造の古本屋で買ったものだ。
 四階では他に、石田誠太郎編纂『古今書畫名家年表 全』(非売品)書入少有100円、徳富健次郎『縮刷 思出の記』(民友社)函印有300円、などを拾う。
 『古今書畫名家年表』は、大化年間からの「書畫詩歌ノ名家ヲ蒐集シ其歿年ノ順序ニ依リ之ヲ年契的ニ編纂シタルモノ」で、巻末に「現代書畫名家一覧(いろは別)」を附す。内藤虎次郎(湖南)、湯浅吉郎の序がついている。大正二年の著。
 『思出の記』は、岩波文庫版の上下二冊が出ていたが、現在のところ品切重版未定。
 またこれは、里見紝『恋ごころ』中で重要な道具立てとして扱われていた作品でもあるし、状態もわりと良いしで、買ってきたのだった。
 ついでに「恋ごころ」から、一寸だけ引用してみよう。

「じゃアと、『不如帰』は駄目だろうな。あ、これがいいや、『思出の記』どっちも蘆花の作だけどね」
「やたらと教訓的なんじゃアないでしょうね」
「いや、これなら、きっと君も面白がるよ。読んでみないか」
 本の厚さを見ただけでうんざりだったが、前の会話(やりとり)でも、なんとなく子供扱いされるのが面白くなかったような性分の悦五郎とて、なに、これくらい二三日もかかりゃアしない、という平気さを扮(よそお)って、じゃア、これ、拝借します、と、あてがわれていた六帖の間に引き取るなり、早速読み始めた。二三十頁はそれほどでもなかったけれども、主人公の菊池慎太郎が、同年輩の少年として活躍しだすと、いつかすっかりもう惹き込まれていた。夜、床にはいってからも読み続け、翌日は、雫石川へ釣りに行かぬかと誘われたのを、あんまり好きでない、と断って、午食(ひる)に立つも惜しいほどの溺れようだった。(講談社文芸文庫版pp.14-15)

 さて悦五郎少年は長じて後、立派な作家となり、少年時代を回想する。その場面にも『思出の記』が出て来る。

知性の叛乱―東大解体まで (1969年)

知性の叛乱―東大解体まで (1969年)

禅語字彙 (1956年)

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恋ごころ 里見トン短篇集 (講談社文芸文庫)

恋ごころ 里見トン短篇集 (講談社文芸文庫)