久々の映画、久々のヒッチコック

見知らぬ乗客 [DVD] FRT-106

見知らぬ乗客 [DVD] FRT-106

 こないだ、早朝にヒッチコックの『見知らぬ乗客』(1951,米)を観た。レイモンド・チャンドラーの脚本に納得のいかなかったヒッチコックが、別のスタッフと脚本を完成させたというのは有名な話(チャンドラーのほうも、ヒッチコックの「ストーリーテラー」ぶりを貶していたりする)。実は二度目の鑑賞で、一度目はかれこれ十年前ということになる。
 やはり、ブルーノ役のロバート・ウォーカーと、マリオン・ローンの母子関係がかなり不気味だ*1。これについて山田宏一氏は、後年の『フレンジー』に連なるものがある、と発言している。私がおもい出したのは、ダリオ・アルジェントサスペリアPART2』のガブリエル・ラヴィア、クララ・カラマーイの密着関係で、いやそもそも、カラマーイの白塗りの顔面からしてローンのメーキャップを想起させるくらいである。アルジェントは意識しているはずだ。
 『見知らぬ乗客』は、「交換殺人」というテーマで有名な作品だが、一種のストーカーものとしても鑑賞できる*2。その偏執性に加えて「ホモ的」、というのは山田宏一和田誠両人の一致した見解だが、言い得て妙である。なにしろ今回の「巻きこまれ役」ガイに扮しているのが、あの*3ファーリー・グレンジャーなのだから。その三年前には、『ロープ』で殺人の秘密を共有する(それこそホモソーシャル的な)男子学生のかたわれを演じている(墓穴を掘る雄辯ぶりが笑える)。
 しかし、これはやや後づけ的な観もあろう。というのも、この『見知らぬ乗客』では、グレンジャーは常識人というか、「単なる」二枚目に徹しているからである。それどころか、この役柄は、たとえば『裏窓』のジェームズ・スチュアートグレース・ケリー、『ダイヤルMを廻せ!』のロバート・カミングス&グレース・ケリー、『サイコ』のジョン・ギャヴィンヴェラ・マイルズ、さらに溯れば、『バルカン超特急』のマイケル・レッドグレーヴ&マーガレット・ロックウッドあたりに始まる、男女一組の“素人探偵”の系譜に連なるわけで、ホモ的な要素は、『ロープ』とは違って、ロバート・ウォーカーからの一方的な感情に見られるに止まっている。
 それにしても、ロバート・ウォーカーのストーカー(と、あえて言ってしまうが)ぶりが恐ろしい。特に遠景で捉えられるショットは、小中理論よろしく、表情がよく判らないだけにゾッとさせられる。子供の持っている風船を平然と割るシーンも怖ければ(と、これは山田・和田両氏も言っている)、ヒッチコックの実の娘(パトリシア・ヒッチコック)を凝視するシーンも怖い。
 しかしさすがはヒッチコック、おもわせぶりな展開も多々ある。例えば、豪邸に乗りこんだグレンジャーが猛犬に手を舐められるカット*4や、ローラ・エリオットの影にウォーカーの影が重なり、その瞬間に悲鳴が聞こえるシークェンス。ヒッチコックカメオ出演も、この作品は分りやすくて、コントラバスを抱えて列車に乗りこむので、目立って仕方ない。
 つけ加えておくと、クライマックスのかの有名な回転木馬は、「エドマンド・クリスピンの『消えた玩具屋』(四六年、邦訳はハヤカワ・ミステリ)のラストシーンから(略)持ってきた」(新保博久)のだそうだが、「レオ・マッケリーが監督した『マイ・サン・ジョン』という反共映画」(和田誠)にも再利用されたという。

*1:『見知らぬ乗客』はこないだ日本でも舞台がかかっていて、ブルーノ母役を秋吉久美子が演じたのだそうだ。ひと昔前なら、たとえば吉田日出子あたりにやってもらいたかった。大谷直子でも面白くなりそうだ。

*2:まさに原作者のパトリシア・ハイスミス自身、のちに『愛しすぎた男』を書いている。

*3:レナード・バーンスタインと…(以下自粛)。

*4:ここでのコマのばしはすぐに気づいたのだけれども、グレンジャーが豪邸の中を見回すところでも、二箇所の意図的なコマのばしがなかったか?