アーウー宰相、鈍牛宰相

 大平正芳の生誕百年を迎えて、朝日新聞は「天声人語」(12日付)が、読売新聞は「五郎ワールド」(13日付)がそれぞれ大平をテーマにしていた。特に後者は、辻井喬の新刊『茜色の空』(文藝春秋)にも触れている。
 約三十年前の「天声人語」は、大平内閣不信任案可決に際して、「(大平内閣は―引用者)なにもかも中途半端ではっきりしなかった」、「灰色の濃霧にかくれて、なんとかその場その場を切り抜けようという安易な政治姿勢」(1980.5.17付。引用は『天声人語に見る戦後50年・下』朝日文庫,p.178による)と手きびしいが、先日の天声人語は、あらまほしき「良質の保守派」というふうな形容で、その後の保守政党の空転もあってか、評価が転換したことは興味深い。もっとも担当者は違うけれど(三十年前は辰濃和男)。
 近年は、大平が「『公費天国』批判キャンペーン」や「権力闘争」(角福戦争、四十日抗争など)に巻きこまれてしまったがために実力を発揮できなかった「悲運の宰相」、とみるのが大方の見解の一致するところのようだ。
 のみならず、「田園都市構想」や「チープ・ガバメント思想」など、そのいずれもが先見性、長期的観点に支えられていたとも言われる。だが、「議論としてはややハイブラウ」で言葉が「朴訥でありすぎた」(都築勉『政治家の日本語―ずらす・ぼかす・かわす』平凡社新書)ため、有権者にその意図することが伝わらなかったとしばしば言われる。そのような意味でも「悲運」であったのかもしれない。
 また福永文夫によると、大平内閣は戦後の保守本流の転換点に位置しており、「護憲と日米安保を共存させることで、一方で改憲再軍備を唱える自民党内『戦前派』を、他方で護憲日米安保反対を唱える野党を抑える必要から生まれた、きわめて巧妙な政策路線」を打ち出した(『大平正芳―「戦後保守」とは何か』中公新書,pp.270-71)政権であった、という。
 なお、大平の著作はここですべて読める。中山千夏荻昌弘との対談もあるし、後藤田正晴城山三郎萩原延壽の寄稿なども読める。
 そういえば非売品だが、「政界のドン」の伝記『人間金丸信の生涯』が刊行されたらしい。山梨で出版記念パーティーが行われたという内容の記事を、さいきん読んだ。

茜色の空

茜色の空

大平正芳―「戦後保守」とは何か (中公新書)

大平正芳―「戦後保守」とは何か (中公新書)


 森茉莉は大平について、「権勢の保持と利慾にしか頭が働かない人物で」云々と評し、「人前に出る機会の多い首相はもう一寸どうかした顔でないと困る」(中野翠編『ベスト・オブ・ドッキリチャンネル』ちくま文庫,pp.28-29)、と散々な書きぶりである。中野翠の解説「たしかな好悪の精神」が、新刊『アメーバのように。私の本棚』(ちくま文庫)に再録されていて、それで気づいたのだった(『ベスト・オブ・ドッキリチャンネル』は飛ばし読みで済ませていたので)。
アメーバのように。私の本棚 (ちくま文庫)

アメーバのように。私の本棚 (ちくま文庫)

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 来月、獅子文六の『大番』が小学館文庫で出ることには驚いたが(北上次郎による選集*1の一冊だろうか)、綿谷雪(わたたに・きよし)の『近世悪女奇聞』が中公文庫で出るのにも、ちょっと驚いた。かつて青蛙房から出た本の文庫化だ。
 綿谷というと武藝研究者として有名だが、その著作に『絵入川柳妖異譚』三樹書房(2005刊)という一種の「奇書」がある(綿谷は1983年歿)。これは昭和四十年代、近世風俗研究会によって刊行された限定本(和装B6判横本、正続二冊)を底本とし、それに「追補」をほどこしたものである。
 その内容は、怪猫だの亡霊だのを織りこんだ古川柳を蒐集したというものであるが、今日的観点からすると、何を踏まえているのか分からない句もかなりある。
 なお、唐沢俊一『トンデモ怪書録』(光文社文庫)の「綿谷雪というひと」(pp.25-32)が、近世風俗研究会版を取上げている。そこには、「原価未記載のため不明」とあるが(唐沢氏は数十年前に一冊七千円で買ったそうだが)、三樹書房版の「まえがき」によると、正篇二千五百円(1967刊)、続篇二千八百円(1969刊)、なのだそうである。

絵入川柳 妖異譚

絵入川柳 妖異譚

トンデモ怪書録―僕はこんな奇妙な本を読んできた

トンデモ怪書録―僕はこんな奇妙な本を読んできた

*1:大佛次郎『ごろつき船』が今月出た。大佛といえば、『天皇の世紀』(未完)も文春文庫で刊行中だ。