渾身の黒澤サスペンス

『野良犬』*1(1949,映画藝術協会=新東宝

野良犬 [DVD]
監督:黒澤明、製作:本木荘二郎、助監督:本多猪四郎、今泉善珠、脚本:黒澤明菊島隆三、撮影:中井朝一、照明:石井長四郎、主な配役:三船敏郎(村上刑事)、志村喬(佐藤刑事)、淡路恵子(並木ハルミ)、千石規子(ピストル屋のヒモ)、本間文子(桶屋の女房)、三好栄子(ハルミの母)、河村黎吉(スリ係石川刑事)、飯田蝶子(光月の女将)、東野英治郎(桶屋のおやじ)、木村功(遊佐)、永田靖(阿部捜査主任)、千秋実(レビュー劇場の演出家)、菅井一郎(ホテル弥生の支配人)、伊藤雄之助(劇場支配人)
二回目の鑑賞です。黒澤自身は、この映画ではスタッフとの相性が合い、非常にやりやすかったと述懐しているそうですが、本作品を必ずしも出来のよい作品だとはおもっていなかったようです。そのためなのか、この作品で多用していたナレーションも、『生きる』(1952)以降はまったく使わなくなりました。
それでも私自身は、黒澤明の作品のなかで二番目に好きな映画です(一番は、『天国と地獄』)。大傑作だとおもいます。猥雑な闇市のシーンに、三船敏郎(村上刑事)の「眼」がかさなる多重露出の素晴らしさ。三船と木村功(遊佐)の息づまる逃亡劇の素晴らしさ。どのシーンをとってみても、はりつめるような緊張感で満たされています。
最後に、この映画の製作にかかわる裏話を、ちょっと長くはなりますが、堀川弘通さんの『評伝 黒澤明』(ちくま文庫)から引いておきます。

評伝 黒澤明 (ちくま文庫)
本多猪四郎が三船の衣装を着て、本物の闇市を歩き回り、これを「隠しカメラ」で撮影したという話は有名だが、実際に撮影した分量はたいへんなもので、そのごく一部が使われているに過ぎないが、この作品の現実感を高めた意味では重要なカットの連続だった。
もう一つ忘れてならないのは、この作品でクロさん(黒澤明のこと―引用者)の編集、ダビング重視が効果を上げていることである。スリの相手を捜し回るところの編集の冴えと、闇市の騒音と流行歌の使い方が音楽の早坂文雄の協力で実に存在感があった。この現実音と音楽の使い方は、後の『生きる』で、もっと完成された形で出てくる。
これは作品の内容とは関係ないが、『野良犬』の「タイトル・バック」に口を開けて激しくあえぐ犬のクローズアップが出てくる。この描写のことで、動物愛護団体から抗議が出た。「動物虐待だ!」。実際は、小道具係が自転車で野良犬を引っ張り回した後で撮影したもので、犬も迫真の演技(?)だっただけに迫力があった。特に犬好きのクロさんだけに、この抗議には後々まで「あのときは弱った」と言っていた。(p.137-138)

ちなみに、森崎東さんが1973(昭和四十八)年、渡哲也主演でリメイクしています。

*1:かの長嶋茂雄さんは、大学生時代、野球部員たちに向かって、「おい、『のよしけん』を観にいかないか」と言ったそうです。果して本当なのでしょうか。