「白」という字は…

新訂 字統
学研漢和大字典
プロフィールにもあるとおり、元・漢字マニアです。趣味が昂じて、漢字検定一級も取得しました。しかし「元」とはいえ、今でも漢字が大好きです。ただ、マニア*1を脱却したというだけのハナシです。そこで、たまには元・漢字マニアらしく(?)、漢字の話題も取上げてみることにします。
今回取上げるのは、「白」字。このごくごく単純な文字にも、様々の「字源(字原)説」(語源説とも)がある、ということをご紹介しておきましょう。

まずは、許慎の『説文解字』(せつもんかいじ。以下『説文』)巻七・下より。

白、西方色也。陰(ここは代用字。こざと偏はなし―引用者註)用事、物色白、从入合二、二、陰數。

つまり『説文』は、「白」を「入」と「二」の合字とし、五行説でもって字義解釈をしているというわけです。
諸橋轍次『大漢和辭典(修訂第二版)』(大修館書店)もこれによっており、

指示(ママ)。入と二との合字。入・二共に陰・西を意味し、夕暮のさだかでない物質を白といふ。(p.8137)

と書いています。しかし、主流は「指事文字」ではなく、「象形文字」と見なす説です。
たとえば、藤堂明保*2『学研 漢和大字典』(学習研究社,1978)には、

どんぐり状の実を描いた象形文字で、下の部分は実の台座、上半は、その実。柏科*3の木の実のしろい中みを示す。柏(このてがしわ)の原字。(p.876)

とあります。当然といえば当然なのでしょうが*4、加納喜光『漢字の成立ち辞典』(東京堂出版,1998)も、

クヌギなどのどんぐりの殻斗を除いた部分を描いた図形でもって、それを書き表した。(p.157)

と書いています。しかし、白川静『字統』*5平凡社1984)は、『説文』の説と、郭沫若(かくまつじゃく)の「白=拇指(おやゆび)の爪の部分の形」という字源説をしりぞけたうえで、

頭顱(とうろ)の形で、その白骨化したもの、されこうべの象形である。(p.687)

としています。その他に、小川環樹*6ほか『新字源(改訂版)』(角川書店,1994)にみえるような、

月が光るさまにかたどる。(p.684)

という説があります。また、鎌田正・米山寅太郎『新版 漢語林』*7(大修館書店,1994)には、

頭のしろい骨の象形とも、日光の象形とも、どんぐりの実の象形ともいい、しろい意味を表す。(p.752)

とあります。いろんな説の紹介になっています。

では最後に、阿辻哲次先生の次の一節を挙げておきます(自戒の意もこめてのことです)。

漢字の字源 (講談社現代新書)
現在の日本でおこなわれている漢字の字源解釈には、『説文解字』による伝統的な解釈、さらにそれを古代文字資料によって訂正したもの(白川説など―引用者)、そして「単語家族」という理論によって導き出される解釈(藤堂説など―引用者)の三通りがある。(中略)だがここで確実にいえることは、既刊の漢字字源解説書や漢和辞典に載せられている解釈は、究極的にはいずれもその著者個人の解釈にすぎず、絶対に正しいと証明されたものではない、ということである。もっとも本書の中で展開した私の解釈とて、例外ではない。字源の説明については、絶対に正しいということはほとんどありえない。
阿辻哲次『漢字の字源』講談社現代新書,1994.「おわりに」p.249-250)

いやしかし、だからこそ「字源」はおもしろいのだ、と言っておきましょう。

*1:ここでいうマニアとは、高島俊男さんのおっしゃるような、「ボラはどう書くのムジナはどう書くのナメクジはどう書くのと言っている」連中(高島俊男『漢字と日本人』文春新書,2001.p.90)のことをさします。

*2:藤堂博士は、藤堂高虎の子孫にあたる人ですが、直系ではないみたいです。

*3:ちなみに漢語の「柏」は、ブナ科落葉樹のいわゆる「カシワ」ではありません。ヒノキ科常緑樹の「コノテガシワ」をさすとする説が有力です。くわしくは、寺井泰明さんの『花と木の漢字学』(大修館書店あじあブックス,2000)をご覧ください。なお寺井氏は、「柏」を「コノテガシワ」一種に比定することに懐疑的です。

*4:藤堂明保先生の「単語家族」説は、カールグレンという学者の推定中古音をやや批判的に継承したもので、加納喜光先生もおおかたこれによっています。

*5:昨年末、ついに『新訂 字統』が出ました。親字を約二百字、増補しています。ちょっと欲しいのですが、お金と置き場所とがありません(ヒロシみたい)。

*6:湯川秀樹実弟です。

*7:昨年末、『新漢語林』が出ました。新人名用漢字に対応しているのですが、注目すべきは、草冠を四画から三画のものに変えた、ということです。くわしくはこちら→http://www.asahi.com/culture/update/0131/003.html