えんがちょの話など

日本百名町 (知恵の森文庫)
きょうも天気がよい。
嵐山光三郎『日本百名町』読了。「都市だろうが地方だろうが、生きている町で暮らしたい」(p.197)。そのとおりだ、とおもう。「遠きにありて思ふ」熊本市某町のことや、以前(十五、六年前)住んでいた名古屋市某町の街並みをおもいだした。いずれも、「いい町の条件」*1をいくつも備えている。名古屋市某町には久しく行っていないが、今でも「いい町」だろうか。
所用あって、午後から出かける。K書店に立寄って、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所編『図説 アジア文字入門』(河出書房新社ふくろうの本)を立読みする。インド系文字(デーヴァナーガリー文字ベンガル文字、タミル文字など)、アラビア文字、漢字系文字(西夏文字女真文字、字喃など)が取上げられている。
漢字系文字の章には、「四角號碼」のかんたんな解説もあった。私は、辞書を引くことがしばしばあるが、四角号碼にはいまだに慣れていない。しょっちゅう数字を間違えるので、音訓引き*2か部首引きのほうがはやいのだ。中国の工具書には、たいてい四角号碼索引が備わっているけれども、日本の書物には殆どない。現在出版されている漢和辞典のうち、四角号碼索引が附いたものは、『諸橋大漢和』や白川静『字通』くらいしかない。
ところで、この『アジア文字入門』。「会意文字」を説明した部分に「いくさ(戈)を止めるのが武である」と書いてあり、おや、とおもった。ここには、「但し書き」をつけておくべきだろう*3
アルバイトのお金も入ってきたところだったので、保阪正康『戦後政治家暴言録』(中公新書ラクレ大野裕之チャップリン再入門』(NHK出版生活人新書)小林信彦『物情騒然。』(文春文庫)北原尚彦『奇天烈! 古本漂流記』*4ちくま文庫の四冊を購う。
保阪さんの本は、戦後の歴史観戦後民主主義に立脚した言論を「オモテの言論」、そうでないものを「ウラの言論」*5として、「ウラの言論」である政治家の失言暴言を考えてみようというもの。著者は、「オモテの言論」に賛同を示しながらも、一方でそれがかかえこむ「暴力性」にも自覚的だ。だから信頼できる。
帰宅して『物情騒然。』を読んでいたら、「えんがちょ!」*6という文章が入っていることに気づいた。さすが『現代〈死語〉ノート』(全二冊)を書かれた小林氏だ。たぶん『千と千尋の神隠し』についての文章だろう、とおもったら案の定だった。たしか、網野善彦『無縁・苦界・楽』(平凡社ライブラリーの冒頭に、「えんがちょ」についての文章が収めてある。鶴見俊輔が「エンガ」を「魔力」とか「穢」とかいった義で解釈するのに対して、網野氏は「縁」と関係があることばなのではないか、と書いていたはずだ(ロクに確認もせず書いています。済みません)。小林信彦さんも「えんがちょ!」で、「〈えんがちょ〉は〈いやなもの、汚いもの〉だけではなく、〈忌むべきもの〉なのではないか、と漠然と思った」と書いたあとに、「暑さのあまり、ボケてきた頭で、〈えんがちょ〉というのは、〈縁がチョン〉の略かな? とも思った」と書いている。また小林氏は、「えんがちょ」は東京オリンピックのころに消滅したと考えて間違いなさそうだとも書いている。
ちなみに、米川明彦編『日本俗語大辞典』(東京堂出版が「えんがちょ」を採録している。「『縁がちょんと切れる』の変化した形」とあるが、ほんとうだろうか。〈類義語〉欄には、「ぎっちょ」「バリア」とある。私が小学生のころには、「バリア」というえんがちょに似た遊びが、そういえば流行っていたのだった。

*1:本書の「序章」(p.11-32)参照。八十七条。これが笑えます。

*2:中国のものだと、ふつうはピン音で引く。

*3:例えば、『説文解字』や『春秋左氏傳』に拠れば、と書くなど。

*4:カバーイラストは喜国雅彦、解説は横田順彌ヨコジュン)だ! 解説のルビの振り方がおもしろい。

*5:もちろん戦前は、それがまったく逆なのだ。

*6:「えんがちょ」って一体何? とおもった方は、次の引用をご参照ください。「エンガチョとよばれる伝統的な子どもの遊びがある。以前京馬(けま)伸子が報告していたが、子どもが犬のくそや猫の死体などをうっかり踏んだり、学校の便所の床に触れたりすると、エンガチョになる。仲間の子どもがそれに気づくと、「○○チャンはエンガチョ」とはやし立てられる。そして子どもたちは自分たちにエンガチョが感染しないように指でカギをつくり、「エンガチョしめた」と叫ぶ。エンガチョとされた子どもは、だれかにそれをつけてしまえばエンガチョでなくなるので、指のカギをまだつくっていない子やカギをはなしている子をねらってパッと触る。そして「エンガチョつけた」と叫びエンガチョでないことを宣言するのである。」(宮田登「現代都市の怪異」,常光徹編『妖怪変化』ちくま新書所収,p.117-118)