影の車

書籍部で岩波書店フェアがやっている。全品十五パーセント引き。
今日は、村井弦斎『食道楽(上)』(岩波文庫)を買う。毎年、岩波書店フェア期間中は、岩波文庫を数冊買うことにしています。特に「今月の重版再開」「(春夏秋冬の)一括重版」ものを買うことが多く、例えば高田衛編・校注『江戸怪談集(全三冊)』や本居宣長古事記伝(全四冊*1)』(以上黄帯)、平田篤胤『古史徴開題記』(青帯)などを買っています*2。今回は「今月の新刊」を買いましたが、買おうと思いつつまだ買っていない伊藤東涯『制度通(全二冊)』(青帯)も、この機会に購っておこうかな。そういえば、今夏の一括重版にも、『岡本一平漫画漫文集』や今和次郎『日本の民家』、『金子光晴詩集』など魅力的な作品が入っているのだった。それに岩波新書からは、円満字二郎人名用漢字の戦後史』や三國一朗『戦中用語集』(こちらはアンコール復刊)が出るし…。悩むところです。
夜、衛星劇場で「追悼野村芳太郎監督」という三十分の特別番組を見る。後編(1962年以降)だそうで、前編があることは知らなかった。後編では、『拝啓天皇陛下様』、『砂の器』、『八甲田山』、『八つ墓村』の製作秘話を交えて、野村監督の人となりや思い出話が関係者によって語られます。橋本忍さん、川又昂さん、山田洋次さんの三人がインタビューを受けており、特に山田氏が、川島雄三と比して、「野村監督はビジネスライクな監督だった」と述べていたのが印象的でした。
野村芳太郎影の車』(1970,松竹大船)を観る。脚本は橋本忍、撮影は川又昂、原作は松本清張。『影の車』というのは、原作では連作になった段階でのシリーズ名なので、本来は『潜在光景』という作品名です。原作は、現在でも、『共犯者』新潮文庫)や『潜在光景』(角川ホラー文庫→角川文庫)、『影の車〔改版〕』(中公文庫)で読むことができます。
映画版『影の車』は、主人公浜島(加藤剛)の妻(小川真由美)が原作よりも丁寧に描かれているのですが、それにまして主人公宅の住宅事情がくわしく描かれています。映画版では「新興団地」という環境になっており、それゆえラストにおける妻の身の振り方も決ってしまうわけですが、少なくとも原作の記述からはそのように読み取れないことを藤井淑禎さんが指摘しています。すなわち主人公宅のある場所は、住宅公団によって開発された保谷ひばりヶ丘(南側)あたりではなく、北側の東武東上線方面ではないか、というわけです(藤井淑禎『清張ミステリーと昭和三十年代』文春新書,p.61-62)。
いずれにせよ興味ふかいのは、その新興団地と浜島の愛人・泰子(岩下志麻)宅の描写が対照的なことなので、泰子宅の周辺には畠が広がっており、ネズミがしばしば出没する(これは原作もおなじ)。そして、ときおり挿入される主人公の過去の映像が現在と交錯し、「新興」団地に住まう人々の危うさと脆さをうまく描き出しているようにおもいます。それにしても、サービス・シーンがやや多いのは、興行成績を気にした結果なのか? また、芥川也寸志の音楽が印象的で、トレモロふうの主題部分に哀愁を感じます。

*1:ただし、巻之十七まで。

*2:現在は、すべて品切重版未定らしい。