曇り。
午後から研究会があったのだが、体調を崩していたので、前半部だけ聴いて帰る。
しばらく寐たら、なんとか頭痛はおさまった。が、喉の痛みは引かず。
佐藤正午『小説の読み書き』(岩波新書)を、寝転んだままぱらぱらと。「読者は読みながら小説を書く。読者の数だけ小説は書かれる。小説を読むことは小説を書くことに近づき、ほぼ重なる」(p.8)とあるが、読者が「書く」ことと、小説家が「書く」ことは同義である筈がない。「小説家の読み」というのがやはり存在するということを痛感。例えば松本清張の『潜在光景』、私もこれは何度も読んでいるのだが、その冒頭部から結末を予想してしまう技法をさらりと披露する(p.160)など、私のような並の読者にはどだい無理なハナシである。
何を隠そうかく云う私も、かつては文藝部に所属しており、「それらしい」ものを幾つか書いてはみたが、ものにならないことは明らかだった。そこですっぱり諦めていて良かった*1、と今にして思う。
そう云えば久野収が、和辻哲郎(と引合いに出すなどオコガマシイにも程があるのだが)の次の様なエピソードを紹介している。「和辻さんが学問専業を決心するについて、『新思潮』を谷崎潤一郎たちと一緒にやったと時、ヨーロッパのある作家の本を谷崎に貸したら、自分が線を引くだろうところと全然違うところに線が引いてあった。なるほど、作家というものは、こう読まないといかんのか、俺には作家の天分はない、と創作を諦めて、学問の仕事の方へ進んだのだ、という話になっていますが……」(林達夫+久野収『思想のドラマトゥルギー』平凡社ライブラリー,p.90)。その谷崎も、「後に小説家として立ってからも、哲学者の名を出したり、抽象的な議論に溺れるようなことが一度もなかった」のだそうで、「それは、多くの他の青年より遥かに早く、それが自分の領分でないことを悟っていたからであろう」(小谷野敦『谷崎潤一郎伝―堂々たる人生』中央公論新社,p.28)というのだから、面白い。
ところで私は、もっか研究者のはしくれを目指して勉強中である。そう決心したとき、恩師某先生が私に、「研究者を目指すというのは、可能性をひとつずつ捨ててゆく生き方だと僕は思うんだ。『研究生活』も然りで、研究というのもまた、可能性を捨ててゆく行為なんだと思う」と仰った。それ以上のことは仰らなかったのだが、誤解をおそれずにいえば、「可能性をひとつずつ捨ててゆく生き方」というのは、即ち「ありえたかも知れない人生」を諦めていくことを意味するのだと思う*2。などと考えたのは、偶々いま読んでいるオルテガの『大衆の反逆』が「生の可能性」、すなわち「ありえたかも知れない人生」という選択肢が増加したことに言及していたからで、それで先生の言葉もフッと思いだしたのである。