四月某日
 朝、岡本喜八『独立愚連隊西へ』(1960,東宝)を観た。軍旗の争奪に汲々とする軍人たちのおかしさを、畳みかけるようなストーリー展開でこれでもかとばかりに見せつけられる。加山雄三を主演に据えた結果なのか、佐藤允のアクの強さがあまりいかされないのは少し残念だが、物語としては前作よりもはるかに面白い。
 堺左千夫が扮する偽連隊長のぎごちなさを、足の連続ショットで表現するところなんぞ、ニクい。前作では単なるスケベ古参兵だった彼が、今回はかなり重要な役どころで嬉しくなった。銃撃戦からせっかく生還したとおもったら、あっさりやられてしまうという展開は、悲劇というよりむしろ喜劇だ。また、前作で冷徹な参謀を演じた中丸忠雄が、粋な二重スパイを演じているのも見もの。そして喜八作品の名バイプレーヤー、中谷一郎、沢村いき雄、天本英世が、それぞれ「所を得て」躍動している。さらにフランキー堺水野久美平田昭彦が脇を固めている。まったく贅沢な作品で、『ああ爆弾』の有島一郎をおもい出した。
 夜、第五弾が単行本で出るというので、文庫化された第三作の小路幸也スタンド・バイ・ミー 東京バンドワゴン』(集英社文庫)を読みはじめる。群書類従の話が出てくるのって、一作目だったか、二作目だったか。

四月某日
 某所を行くあてもなくさまよっていると、名のみ知る古書店を見つけたので、ほとんど何も考えずに入る。向かいの立ち飲み屋が繁盛しているようすで、ピンサロがどうの…とか、カワイコちゃんがどうの…とかいったおじさんたちの声が聞こえて来る。
 いろいろ吟味して、島尾敏雄『日本の作家たち』(沖積舎)を購う。

四月某日
 村上春樹の『1Q84』(新潮社)、ようやく「BOOK3」を読みおえた。発売日に手に入れたくらいだったので、すくなくとも二日間で読む積りだったのだが、とてもそれどころではなかった。
 「BOOK1・2」が発売された昨夏には、ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」だのチェーホフの『サハリン島』だのが、いわゆる波及効果というやつで売れたりしたけれども(『サハリン島』は新装版が出たし、岩波文庫版は増刷された。オーウェルの『1984年』にいたっては、早川から新訳が出た*1)、「BOOK3」の刊行で、××や××は売れたりするのだろうか(と、ここは伏字にしておこう。斎藤美奈子の「文芸時評」も、内容紹介には禁慾的だったことだし)。
 ところで、福田和也『人間の器量』*2新潮新書)に、「二〇〇九年、新左翼の歴史を扱った大著が出て、ちょっと評判になりました。この著者、文献は完璧に渉猟しているのだけれど、直接の取材は一切していない。まだ生きて元気な人がいるのだから聞きにいけばよいのに、絶対しないのですね」(p.27)とあり、これが小熊英二『1968』(新曜社)を指していることは明らかで*3、おもうに福田氏は府川充男のアマゾンレビューを見ておられたのではなかろうか。府川氏がアマゾンレビューを実名で書かれたことは、『1968』を一部だけ読んだ(だから、私には内容を云々する資格は全くない)あとに知り、驚いたのだが、その批判の調子の激しさにも実は驚いた。この『1968』も、昨年はなぜか、『1Q84』を論ずる場面で、何度も言及されていたっけ。
 「証言」ということでいえば、産経新聞取材班『総括せよ! さらば革命的世代――40年前、キャンパスで何があったか』(産経新聞出版)というのがたいへん面白く、こちらは買いもした。

四月某日
 角川文庫版の『平家物語』を再読するついでに、文庫化されたばかりの川合康『源平合戦の虚像を剥ぐ―治承・寿永内乱史研究』(講談社学術文庫)を読み始める。これがめっぽう面白く、一読深更にいたる。

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 金子正次脚本の『ちょうちん』主題曲、こんなところで見つけるなんて!

*1:オーウェルの『1984年』、『書物の変』つながりで、またブームになったりしないかな。平凡社ライブラリーの評論選は新装版が出たけれど。

*2:はじめ、この書名で新書執筆の依頼が来たのは、筒井康隆のところだったらしい。筒井氏自身が『アホの壁』(新潮新書)で明らかにしている。

*3:福田氏は、『<民主>と<愛国>』が刊行されたときも、週刊新潮誌上で「分厚いだけ」と一蹴していたような……。